【総世寺 佛さま1号(平成25年・盆)】

    ◆お陰さま
     最近あまり使わなくなった日本語の一つに「お陰さまで」という言葉があります。 私は冗談に、日本語がなまって、この頃は「お金さまで」になったのではないかと言ったりしますが、 本来「お陰さまで」というのは、陰なる部分、見えない部分に対する感謝や畏敬の念を表す言葉であろうかと思います。
     昔は「お元気ですか」との問いかけに、「お陰さまで」。 病気が治れば「お陰さまで」。学校に入れれば「お陰さまで」・・・ 本当に日常生活の中に多く使われる言葉でした。
      子どもが木や花の絵を描くときは、根の部分は書きません。 根がなければ、草花や木はそこに立っていられないし、存在することさえできない重要な部分ですが、 見えない部分は描きません。
     今の風潮は、根から切り離された花の美しさが賞賛の対象で、それを培養した土中の根の存在を忘れがちと 言えるようです。 花が咲いてしまったら、もう根は必要ないと思っているかのように思えます。  私たちの命には、名も知らない無数のご先祖さまが、それぞれの人生を生きて、つなげてきた絆なのだから そのつながりに意味を見つけ「お陰さま」と感謝する心に結びつけていことができれば、 私たちは謙虚に生きることができるのではないでしょうか。
     お盆は、民族の伝承や先祖代々の家系の中に培われて来た伝承の活力から遮断されつつある日常生活を送る私達が、 たとえひとときでも、遥かなるご先祖の霊に思いをいたし、見えない絆を回復する行事だとも言えます。






     盆はうれしや別れた人も
      晴れて この世へ会いに来る
             ~厳谷小波作詞~

    ◆七月・八月と言うとお盆の季節・・・
    科学文明中心に現代に生きる私達が、日頃忘れていた「ご先祖」のことが突然身近になる時節だともいえましょう。
     お施餓鬼近くになり、塔婆の申し込みをお受けすると、毎年のように
    「私どもは分家なので、私どもが先祖となりますので、先祖代々の塔婆は建てなくてよいのですよね」とおっしゃる方がいます。 私の命が、子や孫に受け継がれ、無限の生死が繰り返されるように、今の私もまた、 突然地から沸いてきたものではありません。 両親という身近な肉親から始まって、両親の両親、そのまた両親の両親の・・・と生命の源をさかのぼっていくと、数限りない人々の存在が そこにはあるのです。  十代前のご先祖の数は?二十代前では?計算してみますと、驚くなかれ、二十代前で一〇四八七五六人、 三十代前で一〇七三七四一八二四人もの多くの人々が私の生命の誕生に関わっているのです。 その中のたった一人でも欠けたならば、今の自分はいないわけで、ご先祖様がいたからこそ、 自分が現在、この世にいられることがわかります。 「ご先祖様とは私の生命の根源であり、私の命そのものである」ということに思いが至った時、 だからこそ、ご先祖が尊く、ありがたく、報恩感謝の思いをこめて ご供養のまことをささげずにはおられないのです。



    ◆一口伝導板

    ○我を出すな
     舌を出すな
     精を出せ

    ○事が延びれば尾鰭が付く
     心の掃除延ばせば カビ生える


    ○けふほめて あす悪くいふ人の口
     泣くも笑ふも 人の世の口


    ○麦蒔けば 麦がなるぞや何事も
     人は知らねど 種が正直


    ○こころ冷ゆる日ぞ
     みほとけに 逢はんかな













    ◆~小閑~

     実家の父が泣くなって、まるまる十三年立とういうのに、父の残していった書物の筆の跡を見たり、 父の言っていた言葉のあれこれを思い出しては、今もって涙が溢れそうになります。
     私たちは常日頃、死んでしまえばそれでおしまい、死とは終結、終焉と思いがちではないでしょうか。 けれども、日常的には、死んでなお生き続けている先人たちの思いに触れる機会が沢山あることに気づきました。
    例えば、普段耳にする歌や、家に飾ってある絵画にしても、私たちは、死んでもなお生き続けている作者の思いを感じることができます。 それと同じように、私たちの身近にも家具、食器にいたるまで、故人が思い考え使い、 心を通わせたものが、なんとたくさん溢れていることでしょう。
    今は亡き、目に見えぬ存在であっても、生きている者が亡き方の死を終焉とせずに、 死んでもなお共に歩み、共に関わり続けていこうとする心を持つことこそが、生死を超えたあり方ではないかと、この頃思ったりしています。
                   (安藤百合子)














    ◆保育の現場から~カエルの赤ちゃんは~

     ばら組(年中)さんの子ども達に「カエルの赤ちゃんは何だ?」と聞くと、子ども達から「小さなカエル!」という答えが返ってきました。
    「トンボの赤ちゃんは?」「アリジゴクのお母さんは?」ではいきなり難しすぎると思い、導入問題としてカエルを選んだつもりが、 まさかカエルで引っかかってしまうとは・・・
     子供達の周辺から自然が消えて、六月の田に鳴くカエルも、歌の中の世界になりつつあるのかと淋しく思います。
    子供達には、テレビやネットを中心としたバーチャルな世界から得た情報や、ゲームや様々な遊技場での与えられる 経験や楽しさだけでなくて、身近な自然に転がっている発見や驚き、昔話人と交わって知る気付きや喜び。 そうした自分で発見する喜びを沢山感じて欲しいなぁと思ったりします。
     実体験を通して、親子で感性を共有する時間を持つことが今一番大切なことかと思ったりします。
                      (安藤麻里 記)

    ◆お寺より

    ○原稿募集のお知らせ
     近頃思っていること、考えたこと、そしてお寺への思い、皆さんにお伝えしたいことを書いてご投稿下さい。
    (四百字詰原稿用紙二枚程度まで)
     この施本は、お寺と檀信徒をつなぐ絆の一端であります。
    年四回(春彼岸、盆、秋彼岸、暮)お寺へご挨拶にお見えの際、お手渡しできればと考えています。






    お寺から

     昨秋・前住職、斉藤一雄師と大黒様がお二人で、玉寶寺におみえになりました。 そして、斉藤師が、体調が思わしくなく、檀務を続けていくことが困難なことなどを話されたあと、後任として 私に総世寺を託したい旨の申し出がありました。
     私よりもまだまだ和お若いことでもあり、いくらでも応援をしますので、仕事を続けられるよう、再三再四お勧めしたのですが、 母上共々、これまで精一杯やってきて、「これ以上は無理」と言われ、熟考の末、お受けしました。 ここ二~三年、私も大病を患い、どれほど総世寺様のお役に立てるのやらとの思いがありますが、自分自身の修行として、 お坊さんとしての自分らしい生き方を努めさせていただく所存です。
    とりわけ何ができると言うことでもありませんが、本尊様や祖師方、皆様方の祖霊に、 朝課(朝のお経)や、お仏飯のお給仕などをさせていただくつもりですので、基本的に総世寺に寝泊りします。 お寺の整備、墓地の清掃などの檀務、作務や学習を行い、四時頃になりましたら、玉寶寺へいき、若い者たちを補佐手伝い、 夕食そして風呂を使って九時までには総世寺に戻ってくるつもりでいます。
     総世寺の電話は、外掃除などをしていますと、連絡が付かないこともあろうかと思いますので、その際は、玉寶寺の方へご連絡下さい。
     檀家の皆様には、お寺がリズムに乗って動き出すまでに、ご不便をおかけすることも多々あると思いますが、 私もできる限りのことは精一杯努めていく所存ですので、皆様方のご理解、ご協力をお願いする次第です。 一人でも多くの皆様が自分達のお寺を愛し、親しみ、誇りに思えるような、そんな寺作りをしていくつもりです。 重ねてご協力をお願い致します。






      ◆まごころに生きる

    (一)そよ吹く風に小鳥啼き 川の流れもささやくよ
       季節の花はうつりゆき 愛しい人は今いずこ
       ほほえみひとつ涙ひとつ 出逢いも別れも抱きしめて
       生きてる今を 愛して行こう

    (二)広がる海ははてしなく 全ての命はぐくむよ
       人の心もおおらかに 互いを敬い信じ合おう
       ほほえみひとつ涙ひとつ 出逢いも別れも抱きしめて
       生きてる今を 愛して行こう

    (三)幼い頃にいだかれた 温もり今も忘れない
       この世でうけた幸せを そっとあなたにささげましょう
       ほほえみひとつ涙ひとつ 出逢いも別れも抱きしめて
       生きてる今を 愛して行こう