【総世寺 佛さま2号(平成25年・秋彼岸)】

    ◆ご挨拶
     このたび、斉藤一雄和尚様が、健康上の理由で総世寺を退任され、私-安藤実英―が新命致しました。
     すべてはみ仏さまのはからいであり、縁ある限り、総世寺を維持発展させる気持ちでおります。
     共に仏教徒として、仏の道をつつしんで行じてまいりましょう。

      皆さんは「コンニャク問答」という落語をご存知ですか。

     上州、現在の群馬県の安中に禅宗のお寺がありました。 そこのご住職が一日留守をすることになり、誰か留守番をしてくれる人がいないだろうかと思案していました。 するとそこへ、ちょうどいいことに、コンニャク屋の六兵衛さんという人がやってきました。 六兵衛さんは、コンニャク屋さんだけれども、頭はお坊さんのように丸坊主でした。 そこで和尚さんから、「これはちょうどいい。ちょっとわしは出かけたいので留守番をしてくれないか。」 と頼まれました。
    六兵衛さんは留守番をすることになりました。 そこへ雲水がやってきました。 雲水は、六兵衛さんを見るなり、ここのご住職だと思ってしまいました。
     雲水というのは、諸国を行脚して、禅宗のお寺と見るや、そこに飛び込んで方丈さん相手に法輪をふっかけ、負けたり、勝ったりして 修行を積んでいく人なのですが、そんな雲水に問答をふっかけられても、六兵衛さんは、コンニャク屋の親父さんだから答えられません。 ところが、今さら逃げるわけにもいかなくなって、こうなったら黙り込みとばかり、黙り戦術に出ました。 すると雲水はてっきり、「これは無言の行だな。その邪魔をしたらいかん」というので、手真似・で問答を仕掛けてきました。


     雲水はまず、あなたのお胸のうちはいかがでございますか。・・・ 「胸中如何?」と胸の前で両手の親指と人差し指で輪をつくってみせました。 すると、それを見た六兵衛さんは何を思ったのか、両手で大きく輪をつくってみせました。 雲水は「胸中は大いなる海の如し」と受け取り、「いいことを言ってくれる」というので第二問を発しました。
     雲水が「十方世界は?」と指十本・両手の指を広げてみせました。 それを見た六兵衛さん、今度は片手の指を五本差し出してみせました。 雲水はそれを「十方世界も五戒で保つ」という教えに受け取りました。
     ことのついでにと、雲水は喜んで、「三千世界は?」と指三本出しました。 そうしたら、たちどころに六兵衛さんが目の下をパッと指差しました。 すると「三千世界も眼中にあり」ですネと雲水は納得して、 「この和尚さんは、私などの手に負える相手じゃない。両三年、更に修行を積んでまいります」とほうほうの態で 山門を出ていってしまいました。

    それを見ていた町の人々は、「六兵衛さんはえらいことをやりおる。雲水と問答をして追い払いおった。いつの間に、あの人は 勉強していたんだろうか」と皆、集まって来ました。
     ところが六兵衛さんは、 「そんなこと、私の知ったこっちゃない。あの雲水がやってきて、『お前の所のコンニャクは、こんな小さいだろう』と人差し指と親指で、 こんな小さい輪を作るから、両手で、俺のところのコンニャクは、この位大きいわいと言ってやったら、 値段は十枚でなんぼやと言ってくるものだから、ちょっと片手で指五本出したら、ちょっと高いかなぁと思ったけれど、 五十文だと片手で指五本出したら、あの雲水め、生意気にも『三十文にまけておけ』と、指三本をひろげるじゃないか。 それで俺は目の下をおさえて、あかんべえしてやったんだ。 そしたらスタコラ帰ってしまった。たったそれだけのことだ。」 と、こう言いました。




    この有名な「コンニャク問答」は、策伝というお坊さま(~落語の元祖といわれる方だそうです~)が、 おもしろい話の中に仏の教えを人々に、親しみながらわからせたいと思って作られたそうです。
      ☆        ☆
     この話を思い出すたびに、仏様の教えを一般の人々にわからせようと、我々の先輩は、大変な努力、 苦労をしておられたことを思います。
     布教ということ~僧侶としての使命~こんなことを考えさせられることが多くなりました。






















    ◆お寺から

     ~感謝~(お寺の境内・墓地の清掃)
     お盆を迎えるにあたり、八月三日、八時三十分から近郷の方々の御助力のもとに、今年の夏は、殊の外厳しい暑さで、 各々ご無理のないところで、ありがたい、清々しい汗を流していただきました。
     お仕事や旅行など、諸般の御事情がおありで、お寺の行事を欠席して申し訳ないと気になさる方も いらっしゃったようですが、あくまでもご都合のつく方達での奉仕活動でありますので、御無理、ご遠慮のない所でお願いしています。
     皆さんのお寺として、多くの人々がかかわって、少しずつ総世寺が、本来の寺としての役目をになってくれるだろうことが 予見できた集まりとなり、役員さん共々、うれしく思った次第です。 ここの御協力頂きました方々のお名前をご報告致しまして、お礼と代えさせていただきます。 (敬称略・順不同)
    小泉一義・一寸木彰臣・鈴木健一・一寸木政之・小川政之・小石川栄一・内田清高・一寸木健一・杉本十三子・小野正一・ 小石川正勝・松永利明・小林誠・杉山政史・磯崎重和・磯崎達治・一寸木正美・一寸木治久・小石川啓輔・篠崎時光・小野清・ 一寸木峯生・一寸木勝男・小泉幸弘・高橋稔・杉山久雄・杉山繁・杉山弘一・下田雅博・一寸木正治・高橋光成・杉本喜盛・ 小野和夫・一寸木誠一・下田路司・小泉眞代・一寸木富子・鈴木タミ子・小泉操・一寸木勲・小泉肇・一寸木和広・一寸木信雄・ 磯崎貴子・一寸木操・杉本光昭・鈴木俊一・高橋サダ子・遊佐玲子・磯崎泰美・磯崎家・磯崎芳昭・一寸木朱美・杉本勝巳・ 山崎洋二・一寸木高男・小泉清隆・下田雅由・一寸木松江・小宅康友・篠崎勇・一寸木和子・松永・久吉・小野美子・ 一寸木勝盟・谷内茂樹
      ありがとうございました。




    ◆八月お盆
         精霊お迎えの法要
      八月十三日、十一時半より、総世寺にとりまして初の試みとなりましたが、棚経に伺えないお宅で、自宅からお位牌をお寺に 持参していただき、精霊をお迎えする法要をとり行いました。
    「各家庭に僧侶が出向き、盆棚で供養のお経を読んでもらえないなんて!」といってご不満をもらされた方もいると聞きました。 しかし残念ながら、檀家数も増え、アチラのお宅へは伺えたけどコチラのお宅えは伺えません、といった線引きはなかなか難しく、 初盆のお宅(往復ハガキで希望の有無をとってから伺っています)のみの棚盆ということにしていただきました。 その代わり、お寺で精霊の魂をお迎えするのに失礼のないよう出来る限りの荘厳(飾りつけ)に気を付けさせていただきました。
    皆さんの御意見もとり入れ、昔から続けてこられた形式が変わる不安感や違和感をなるべく取り除きながら、最もよい形で お盆の伝統行事を残していきたいと思っています。
















    ◆永代納骨堂・永代祀堂観音

    「懸命に良き抜いてきた一生を、無縁墓で締めくくるのは・・・あまりにも悲しい」と、前任の玉宝寺でお子様のいない方に 相談を受け、永代祀堂の観音墓をお造りしたのが、その始まりでありました。
     総世寺におきましても、少子化の波を受け。絶家したり、その御心配のある方のご要望で、境内地の水汲み場横に、 永代納骨堂・並びに永代観音墓を建設することとなりました。
     この広い世界には、風葬や水葬といった慣習のある地域もありますが、多くの国の人々は、お墓を昔から造りました。 それは亡き人が、ここにいるのかという思いよりも、亡き人の思い出(記憶)を大切にしたいと感じているからではないでしょうか。 以下に科学が進歩し、或いは自分には信仰心がない、無宗教だと言い張っても私達は身近な人の死、最愛の人の死に臨んで 何かしないでいられません。
    永代納骨堂は合祀墓であり、多くの方々と共同で使います。申し込みはもちろん一霊ずつお受けしていますが、観音墓の方は、 お観音様の下が各々別のカロートとなっていますので、普通の墓地とかわりなく、夫婦、家族でお申し込みいただけます。
    位牌、過去帳も通常使われているものとは別のものを使い、代々住職が代わりましても、スムーズに引継ぎができ、 総世寺が存続する間は、永劫までお寺で管理、御護りするようになっています。年間の護持会費はいただきませんが、 法事などはご要望があれば、一般檀家様と同じように法要もお受けできます。
    詳細は、寺の方へ(34・3247)お問い合わせください。






    ◆駐車場の整備

      自治会の方から、円満に返却をしていただきました。地区公園跡を整備し、駐車場を新たにしました。
    大般若、施餓鬼会と、近隣のお坊さま方に車でお越し願っても、駐車場のことで随分不便な思いをおさせしておりましたし、 檀信徒の皆様方にもご不自由な思いをおさせしていたことと存じます。
    目下、より使い勝手の良い駐車場を徐々に工事している最中で、ご迷惑をおかけすることもありましょうが、 完成を楽しみにお待ちください。






















    庭の白萩雨に濡れて
    影うすれゆく夕べの色
    流転の夢の醒めゆく秋よ
    我よぶ御声いまち聞こゆ