【総世寺 佛さま5号(平成26年・盆)】

    今年は夏の入口ともいえる五月に、何日も夏日が続いたかと思うと、関東地方のアチコチでひょうが降ったり、北海道では積 雪の便りさえ聞かれ、不順な気候にとまど雪の便りさえ聞かれ、不順な気候にとまどいを覚えます。  私も、意気込みだけは若いつもりでも、この激しい気候の変化には身体もなかなか順応できず少々バテ気味の昨今を送っています。
     皆さまには、お元気にてお過ごしでいらっしゃいましょうか。
     お盆がやってまいりました。少し極楽と地獄のお話を致しましょう。

















    ― 極楽と地獄 ―

    昔、お釈迦さまのおられた時、仏の教えを信ずることのできぬ一人の老人がおりました。
    その老人は、お釈迦さまの所に行き、「お釈迦さまは、因縁因果の法を説かれる 時、善い人は極楽へ、悪き人は地獄へおちると言われますが、どうぞ、私の生きてい る間に、その極楽と地獄をみせて下さい」と頼みました。
    慈悲深いお釈迦さまは、心よくその頼みを引き受けられました。
        ☆ ☆ ☆
      最初に老人が連れていかれた所は、地獄の広間でありました。ちょうど、昼ど きのことであり、その広間には食事の支度ができていました。
    しかし老人は、そのはば一メートル位の テーブルの上に、おいしそうなごちそうが沢山載っているのを見て、びっくりしてしまいました。
    ーそれは、それは、見ているだけで、よだれが出てくるようなおごちそうなのですからー
    地獄とは、火と針の山だと聞いていた老人は不思議に思いました。
    「極楽のまちがいではないだろうか」老人は首をひねりながら思いました。
     そうしているうちに、地獄の住人達が広間の食堂に入って来ました。しかし、その 姿はやせ細り、目ばかりギラギラと輝いており、まさに餓鬼の姿をしているではありませんか。





    老人は、あんなにおごちそうがあるのに・・と、その地獄の住人達の姿を見て、増々不思議に思いました。  餓鬼(地獄の住人)達が、テーブルにつくと、番人の鬼が、一メートル位あるおはしを渡しました。
    そのおはしをもらうと、餓鬼達は、我れ先にと、おごちそうを食べようとするのです が、一メートルもあるおはしでは、おごちそうをつかんでも自分の口にもってくるこ とができず、食べることが出来ません。ウーム、ウームとうなりながら、もがいて います。目の前にあるおごちそうからは、すてきな香がプーンと匂っています。
    餓鬼達は、増々もがきます。手で食物を取れば、鬼に罰を受けるし、もうもう、その 餓鬼達の顔の相といったらありません。食べたい一心で、まさに餓鬼中の餓鬼であります。
     老人は、とても見ていられなくなり、もとの所へ帰してもらいました。
     次に極楽へ連れていってもらいました。





    老人は、極楽とはどんなにすばらしい所だろうと、その期待に嬉しくてなりません。 連れられて行った所は、やはり、大広間の食堂でした。先程見てきた地獄と、全く同 じテーブル、全く同じ食物です。
     老人は、また地獄にもどって来たのかと思いました。 ―いや、違います―
    極楽の住人達が出て来ました。皆、ニコニコとしたおだやかな笑みを浮かべた顔をし ていますし、身体つきもふっくらとしています。
     老人は、目を凝らして見ることにしました。
     ここでも、鬼達が給事をし、一メートル位のおはしを一人一人に渡しています。
    おはしが皆にゆき渡ると、極楽の住人達は手を合わせて「いただきます」と言い、一 メートルもあるおはしを使って、テーブルに向かい合った者同士で、かわるがわる食 べ物を相手の口に入れてやっているではありませんか。
     地獄の住人達が、あれほどもがき苦しんで食べることができないおごちそうを、極 楽の住人達は、自分よりも人の身を思うことで、このように、おいしそうにそして楽 々と食べられるのでありました。











     このお話しをある人に致しましたら、
    「良いお話しを聞いた。これを覚えておいたら、極楽は勿論、地獄 へ落ちようと、食いっぱぐれはないから、大丈夫だ」と言われましたが、要は、地獄 とは、心が偏狭になり「俺がー、俺がー」 「私がー、私がー」という自分さえよければ・・という浅ましい、貧しい気持ちが形 となることをいうのです。我執という世界から解き放たれた時、安心という世界、 極楽世界を受けることができるのです。
























         一口伝導板

     ○信心の
      母にしたがふ 盆会かな


    ○ありがたし
      今日の一日も わが命
    めぐみたまへり 天と地と人と


    ○後のこと
      未来のことと思うなよ
       大事のことは  ただ今のこと


    ○寺とは
       金色に照りかがやき
       法の灯火で
         煩悩の闇を払うところ。
       そして
      我が身を照らしみるところ。











         お寺から

    ○山門前に集められた沢山の石。御参拝の折、不思議に思われていたことでしょう。
    私が総世寺に入寺し、実際に仕事にたずさわり始めた折、墓地及境内のアチコチに、 お墓(その多くが古墳に使われていたと思われる石)が放置されていました。
    「このままでは、決して良いことはない。 なんとか供養塔を建てなければ」と考え、とにかく山門前に集めて参りました。
    あちこち整備している現在も、地中に埋没しているもの、地に放置されているものな ど取り出し、洗い、お経をあげ、とにかく山門前に持っていったり、五輪塔の塚、無 縁仏へと運んでいます。
     市の最終処分地に向かう所に、お寺の山があることを知り、そこに供養塔を造った ら良いのではと考えたものの、その場所には入口がなく、苦慮していました所、小林 誠氏が、長年管理して下さっていた土地と寺が所有する小さい土地と、交換していた だけるとの好条件を提案して下さいました。
     皆さんの御協力をいただきながら、一ツ一ツ、次の時代へ向けて、お寺が発展して いく礎が出来ていくことに関し、ありがたく思います。
    誌面をかりて、改めて御礼申しあげます。








    ○横浜にお住まいの小杉永子氏から、お心を込めて描かれた「千体仏の写仏絵」を御寄進いただきました。
    御本堂向かって左側に永代供養の方々の御位牌をおまつりしてある壇上に掛けさせていただきました。
    御礼と共にご報告申し上げます。


    ○四月八日は、お釈迦さまのお誕生を祝し、降誕会が各地の御寺院で行われます。
    十二月八日のおさとりを開かれた成道会、二月十五日のお亡くなりになった涅槃会と 共に降誕会は、三大仏事といって、仏教徒にとりまして大層、大切な行事であります。
     本年から総世寺でも花御堂を復活させ、甘茶をお釈迦さまにかけていただこうと、 お像を本堂前に出させていただきました。
    花御堂を出してお飾りしたのも、何十年振りのことだったようで、「懐しい」と言っ て下さる古老もおられました。
    アチコチに、いろいろな花が咲き、春を告げる好時期、お寺においでになる一ツの機 会になることを祈りながら、毎年続けていこうと思っています。







    ○前回にも書いたと思いますが、一月二十二日に行なわれた大般若会は、十六善神様 を拝請した御祈祷会でした。
    しかし、この総世寺を護って下さっているのは、弁財天との古書もあり、是非、弁天 堂を造り、弁財天をおまつりしたいと思っていましたところ、久野保育園園長の御母 上の近藤静江氏より、多額の御寄附があり、弁財天を求めるお金に充当させていただこ うと思い、さっそく京都の仏具店にて購入させていただきました。
    厚く御礼申し上げますと共に御報告申し上げます。



    ○屋根替え寄付の御報告 年忌法要やご参拝・お墓参りの折などに、皆さまからお預かり致しました志納金の合 計金額を報告いたします。

    金 三十四万七千円

    平成二十六年二月十六日から
    平成二十六年五月三十日まで









     皆さま方のご協力をいただき、ゆっくりした歩みの中、着実に進んでゆき、ありがたく思っています。
    いつか必らずやってくるであろう屋根替えの時に備えて、今後共皆さま方には、無理 のない御喜捨をお願い申し上げます。
                      比丘合掌
     尚、台帳、通帳はお盆中は閲覧できます。
    御礼と共にご報告申し上げます。






















       蘭盆会御詠歌(迎火)
    子等の焚く迎火の炎のさゆらぐは
           みたまの母の来たまえるらし